絶望の果てに


「チェルシー、お皿出してくれる?」
「はぁーい」
ノルマンの小さな村。
そこのどこにでもいる家族。
のどかな夕飯の風景がそこにあった。
「いいにおいだなぁ」
「お父さんの帰りなさい」
母の手伝いの間に父が帰ってきた。
大体父は夕飯が始まる前には帰ってくる。
「今年の作物はよく育ってるぞ、豊作になりそうだ。
領主様にもよいものをお届けしたいからな」
農具をおき手を清めると父が席へつく。
「チェルシーも手を洗って」
「はーい母さん」
ちょうど夕飯が出来上がりチェルシーも身支度を整え
席に着いた。
「いただきます」
父の号令で夕飯が始まる。
どこにでもあるのどかな…そんな風景だった。

「お姉ちゃん今頃何してるかなぁ?」
ぽつっとチェルシーがもらす。
「まーた貴女は毎日お姉ちゃんお姉ちゃんって。
相変わらずね」
「だって〜…お姉ちゃんいないと寂しくて」
「昨日シフール便が着いたばかりだろうに。
元気でやってる今はドレスタットにいるって書いてあったろう」
「本物のお姉ちゃんに会いたいもん」
チェルシーは昔から姉が大好きでどこへ行くにもついて行ったし
何をするにも姉の真似事をした。
そんな姉…シルキーがバードの修行のために師匠について旅にでたのは
ちょっと前のこと。
その時もチェルシーは一緒に行くと聞かなかった。
それから毎日チェルシーはことあるごとに姉の話題を出すのであった。
「寂しいなぁ…」
「そのうちひょっこり帰ってくることもあるさ」
「ううう…」
「さ、夕飯を済ませてしまいましょう。又手伝ってねチェルシー」
「はぁい」
両親の暖かな笑いに包まれて、それでもチェルシーは思った。
お姉ちゃんに会いたい。

それは…突然やってきた。
悲劇というものはいつ起こるかわからない。
予告をしてやってくるものなんて無いのだから。

遠くで上がる悲鳴にチェルシーは気がついた。
「父さん…なにか聞こえる…」
「ん?」
近くで寝ていた両親も身を起こす。
再び聞こえる悲鳴。
遠く…そして近く。
「火事かな…」
「見てこよう」」
そういうと父は寝室を出て入り口へ向かおうとした。
どん!と父が戸をあける前にそれは開き壊れた。
きゃああああうわぁぁぁ!!という悲鳴がはっきりと聞こえる。
父は寝室の入り口で呆然とした。
戸を壊して入ってきた侵入者を見たから。
「ミルザ!チェルシー!くるな!!」
父は寝室の戸を閉めるとそう言い放った。
「貴方!?」
「と、父さん!?」
状況を理解できない母と娘は必死の父の声に
危機的状況であることだけは察知した。
「なにが、何がいるんですか!?」
夫がこんなにあわてるなんて…いつも優しく
冷静なあの人が。
必死に戸をたたく…がびくともしない。
何か戸の前にあるのか?
どんどんどん!いくらたたいても開く気配が無い。
そこに冷たい空気のような夫の声。
「ミルザ……チェルシーを守ってくれ」
「…え?」
「俺は…死ぬかもしれん…化け物が…」
「あなた!?」
「父さん!!!」
その声に二人があわてる。
遠くで聞こえていた悲鳴が…消えた。
「ミルザ…チェルシー…生きてくれ。
逃げろ逃げるんだ!!!」
化け物の咆哮。
物が壊れる音。
「いやぁぁぁぁ!!」
母の悲鳴。
「くそ化け物!大事な妻と娘を殺されてたまるか!」

叫び声が聞こえる。
「いやぁぁぁぁあなた、あなた!!」
「父さん…開けて…」
寝室で二人抱き合ったまま。
「ぐぁ…」
父の…声。
「ぐぉぉぉん!!」
化け物の雄たけび。
やがて物音はしなくなり…父の声も聞こえなくなった。
「…か、母さん…」
娘を抱きしめたまま…母は悟った。
連れ添った夫の絶命ー最期を。
がりがりがり…。
戸を削る音が聞こえる。
扉の向こうにも動くものがいると知った化け物が
戸を削っているのだろうか?
「チェルシー…」
さっきまで泣き叫んでいた人の声とは思えない冷静な…声。
「ここに入って」
「え?」
寝室には不似合いな大きな壷。
ゆうに少女一人なら入れるだろうというそれ。
「母さん?」
「…貴女…だけでも…」
母の言わんとしてることを悟った。
貴女は生きて…。
「いやよ、いや!!」
「ここままでは二人とも死んでしまう。
この壷には一人しか入れない」
「なら母さんが…」
ゆっくりと頭を振る母。
「貴女が死ぬくらいなら私も死ぬわ。
でもそれじゃシルキーが…あの子が」
「おねえちゃ・・・ん」
ふっと気がそれたチェルシーの隙を見てみぞおちへとこぶしを入れる。
昔冒険者だった母。
今も力は健在だった。
「私を見くびらないで?昔取った杵柄。
化け物くらいなんとでもしてあげる」
「か、かあ…さ…」
本当は無理だと母も分かっている。
たとえ目の前にいるであろう化け物を退治したとて
村の中にはまだたくさんの仲間がいるだろうから。
大きな音が外から聞こえてくる。
薄れ行く意識の中チェルシーは母の最期の言葉を聞いた。
生きて…ごめんね?そしてシルキーにも…
…貴女達は生きて…。

チェルシーは夢を見た。
血まみれで人の形の無くなった両親
村人。
その上を走る自分。
足は血にとらわれ後ろからは得体の知れない化け物の咆哮が聞こえる。
そしてまわりは火の海。
熱さ…恐怖。
周りにある死体。
「いやぁ…助けてお姉ちゃん…」
走って走って…何かにつまずいて転んだ。
周りは炎。
咆哮が近づいてくる。
逃げようとしても逃げられない足が…動かない。
ぐぉぉぉん!!
「いやぁぁぁあ!!」

自分の悲鳴で目覚めれば。
暗く狭い…。
腕を少し伸ばせば上にあった重石が動いて
震える腕で押しのける。
光・・・・。
まぶしさに目を細めながらゆっくりとでるとそれは壷の中だった。
重い体に鞭打ってゆっくりとでる。
まぶしさになれたチェルシーが見たものは…
村であったものの成れの果て。
あちこちくすぶる…煙。
昨日の…化け物の襲撃のあとだ。
むせるような血のにおいにチェルシーは吐いた。
胃の中のものを出し尽くしても胃液すら。
自分の家だった場所はほとんど残っていない。
「とう、さん。かぁ・・・さん」
両親をいっぺんに失った。
…今であったはずの場所に父の斧と母のダガーが多少こげて残っていた。
血の跡が見えた。
両親は…死んだ。
呆然としたままチェルシーは泣いた。
声すら出せずそれでも…泣いた。

それから重い体を引きずって夕方まで村中を歩き回った。
誰か生き残りがいないかと。
しかし…夕方まで歩いて気がついた。
誰もいない…生き残ったのは彼女だけ。
村は全滅したのだ。
化け物の手によって。
家だった場所へ戻ると夜の帳が下りてきた。
寝る場所は無い。
食料も…食べる気力すらないのだけれど。
このままどうしようか?チェルシーはぼんやり考えた。
誰もいない…。自分ひとり。
このままではいずれ彼女の命も尽きるだろう。
もしかしたら化け物が又くるかもしれない。
盗賊たちが…。
悪い考えばかり押し寄せる。
ひざを丸めた。
考えたのは姉のこと。大好きなシルキー。
ふ、と母の使っていたダガーが目の端へ写った。
チェルシーは緩慢とした動作でそれを拾い上げる。
…母の形見。
冒険者だった母…冒険者。
「あたしも…冒険者になる」
ぽつっとつぶやいた決心は星と風にしか聞こえなかった。
しかしそれは暗い闇に落ちそうだったチェルシーの心に炎をともした。

冒険者になろう。
強くなって姉を探して。
今度は守るんだ自分が…唯一残った肉親。
何よりも大事な姉のことを。
チェルシーは歩き出した。
街のほうへ向かって。
…きっと姉を探し出してみせる。
まだ10歳だった少女に瞳に強い意志の炎が芽生えた。

それから程なくしてふるさとの悲劇をシルキーが耳にする。
あわてて駆けつけた村にはもうすでに何も無く
妹の姿をさがしても…見つからなかった。
そのころチェルシーは街の修道院にいた。
希望を持ったもののやはり心の傷は大きかったから…。
シルキーは希望を捨てなかった。
きっと誰かが生きている。
離れた場所に生きる妹も希望を捨てなかった。
強くなろう…姉を見つけて…こんどは自分が大事なものを守ろう。

彼女たちが再開できたのはそれから4年後。
ふるさとを遠く離れたイギリスの地であった。
それはまた…別の物語。

チェルシーの旅たち。 ながくなってもーた;; わければよかったかなぁ? とおもいつつも…頭の中で描いていた彼女たちの話を こうやって少しでも書けるといいなと思っています。 ですが、ね;; (05.03.31up)

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